「温めますか?」の五年後
高校を卒業して五年ほど経った春、久しぶりに地元へ帰りました。
用事を済ませた帰り道、ふと、毎朝立ち寄っていたコンビニの前で足が止まりました。あの頃は、遅刻しそうになりながらも必ず寄って、同じパンとコーヒーを買っていた場所です。
自動ドアが開く音も、店内の匂いも、ほとんど変わっていませんでした。レジに立っていたのは、当時よく話しかけてくれていた店員さんでした。進路のことや天気の話を、さりげなくしてくれた人です。
少しだけ胸が高鳴りました。覚えていてくれるだろうか、とどこかで期待していたのだと思います。
けれど、差し出された商品に対して返ってきたのは、いつも通りの言葉でした。
「温めますか?」
それは、あの頃とまったく同じ口調でした。ただ、それだけでした。目が合っても、懐かしさを探すような表情はありませんでした。
当たり前のことです。五年も経てば、たくさんの人が通り過ぎていきます。覚えていなくて当然なのに、胸の奥が少しだけきゅっとしました。自分にとっては確かにあった時間でも、相手にとっては数えきれない日常のひとつだったのかもしれません。
店を出たあと、少しだけ空を見上げました。思い出は、必ずしも共有されているわけではない。それでも、自分の中に確かに残っているのなら、それでいいのだとも思いました。
<編集追記>
しまいきれない春の想い出は、覚えている側の心の中で静かに息づいているのかもしれません。
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用事を済ませた帰り道、ふと、毎朝立ち寄っていたコンビニの前で足が止まりました。あの頃は、遅刻しそうになりながらも必ず寄って、同じパンとコーヒーを買っていた場所です。
自動ドアが開く音も、店内の匂いも、ほとんど変わっていませんでした。レジに立っていたのは、当時よく話しかけてくれていた店員さんでした。進路のことや天気の話を、さりげなくしてくれた人です。
少しだけ胸が高鳴りました。覚えていてくれるだろうか、とどこかで期待していたのだと思います。
けれど、差し出された商品に対して返ってきたのは、いつも通りの言葉でした。
「温めますか?」
それは、あの頃とまったく同じ口調でした。ただ、それだけでした。目が合っても、懐かしさを探すような表情はありませんでした。
当たり前のことです。五年も経てば、たくさんの人が通り過ぎていきます。覚えていなくて当然なのに、胸の奥が少しだけきゅっとしました。自分にとっては確かにあった時間でも、相手にとっては数えきれない日常のひとつだったのかもしれません。
店を出たあと、少しだけ空を見上げました。思い出は、必ずしも共有されているわけではない。それでも、自分の中に確かに残っているのなら、それでいいのだとも思いました。
<編集追記>
しまいきれない春の想い出は、覚えている側の心の中で静かに息づいているのかもしれません。