いつもの店で最後の夜

(西区 40代 男性)

就職で地元を離れる前の春、大学近くのラーメン屋に、いつものメンバーで集まりました。
送別会というほど大げさなものではなく、特別な演出もありません。ただ「腹減ったな」と誰かが言い出し、自然とあの店に向かっただけでした。

カウンター席に肩を並べ、いつもと同じラーメンを頼み、他愛もない話をしました。ゼミの愚痴、バイト先の失敗談、次に出るゲームの話。笑い声はいつも通りで、誰も「最後だね」なんて言いませんでした。むしろ、そんな言葉を口にしたら急に現実味が増してしまいそうで、無意識に避けていたのかもしれません。

食べ終わると、会計はいつも通り割り勘。店の前で少しだけ立ち話をして、「じゃあな」と手を上げて、それぞれが別の方向へ歩き出しました。本当に、それだけでした。

けれど駅までの帰り道が、やけに静かだったのです。さっきまで隣にいたはずの笑い声が、急に遠くなりました。そのとき初めて、もうこのノリで、あの席で、何も考えずに集まることはないのだと分かりました。大きな約束も涙もなかったのに、胸の奥が少しだけ重くなったのを覚えています。

別れというのは、案外こういうものなのかもしれません。特別な瞬間よりも、何でもない日常の終わりのほうが、あとになって静かに効いてくる。あのラーメンの湯気や、春の夜の少し冷たい空気は、今も不意に思い出されます。
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