紙袋の中のひとこと
大学を卒業した春のことです。 地方から上京して4年間通った大学を離れる日、私は研究室へ最後の挨拶に向かいました。特別に親しかったわけではありませんが、時々立ち話をしていた事務の女性が、私を見るなり小さな紙袋を差し出してくれました。
「これ、帰りの新幹線で食べてね」
そう言って微笑む彼女の手は、まだ少し冷たい春の空気をまとっていました。紙袋の中には、キャンパス近くのパン屋さんの焼き菓子が二つ。そして、小さなメモが添えられていました。
“あなたはいつも“ありがとうございます”をちゃんと言ってくれる人でしたね。 東京でも、そのままで。”
それだけの、本当に短い一文でした。でも、その言葉が胸にすっと入り込み、思わずその場に立ち止まってしまいました。
自分では当たり前だと思っていたことを、誰かが見てくれていた。その事実は、想像していた以上に心を温めるものでした。
送別会での華やかな言葉よりも、豪華な花束よりも、あの小さなメモのほうが、何倍も深く残っています。春の匂いが混ざった紙袋の感触。
研究棟の長い廊下に差し込む午後の光。そして胸の奥に静かに積もる、あのひとこと。思い返すたびに、今でもそっと背中を押してくれる気がします。
あの頃の私は、新しい場所への不安で少し固くなっていました。でも、あの短い言葉のおかげで、「大丈夫、きっとやっていける」と思えたのです。
春は別れの季節であると同時に、こうして優しい記憶をそっと胸にしまい込む季節でもあります。
<編集追記>
しまいきれない春の想い出は、何年経ってもふいに胸をあたためてくれるものです。 サブクロの箱の中にも、そんな大切な記憶が静かに重なっているのかもしれません。
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「これ、帰りの新幹線で食べてね」
そう言って微笑む彼女の手は、まだ少し冷たい春の空気をまとっていました。紙袋の中には、キャンパス近くのパン屋さんの焼き菓子が二つ。そして、小さなメモが添えられていました。
“あなたはいつも“ありがとうございます”をちゃんと言ってくれる人でしたね。 東京でも、そのままで。”
それだけの、本当に短い一文でした。でも、その言葉が胸にすっと入り込み、思わずその場に立ち止まってしまいました。
自分では当たり前だと思っていたことを、誰かが見てくれていた。その事実は、想像していた以上に心を温めるものでした。
送別会での華やかな言葉よりも、豪華な花束よりも、あの小さなメモのほうが、何倍も深く残っています。春の匂いが混ざった紙袋の感触。
研究棟の長い廊下に差し込む午後の光。そして胸の奥に静かに積もる、あのひとこと。思い返すたびに、今でもそっと背中を押してくれる気がします。
あの頃の私は、新しい場所への不安で少し固くなっていました。でも、あの短い言葉のおかげで、「大丈夫、きっとやっていける」と思えたのです。
春は別れの季節であると同時に、こうして優しい記憶をそっと胸にしまい込む季節でもあります。
<編集追記>
しまいきれない春の想い出は、何年経ってもふいに胸をあたためてくれるものです。 サブクロの箱の中にも、そんな大切な記憶が静かに重なっているのかもしれません。